桐島聡 死亡の真相!胃がんとの闘病と最後の病院生活に迫る!

桐島聡 死亡の真相!胃がんとの闘病と最後の病院生活に迫る!
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今月25日に「桐島聡」と名乗る男が発見されました。桐島聡は昭和49年から50年にかけて「連続企業爆破事件」に関与したとして「重要指名手配被疑者」に指定されている人物です。

しかし発見された時にはすでに、末期の胃がんを患っていたことが発覚、わずか数日後に死亡したとの報道が再び、日本中を駆け巡りました。

そこで今回は、

・桐島聡 死亡の真相!

・桐島聡 胃がんとの闘病と最後の病院生活に迫る!

主にこちらの内容について真相解明していきます。

目次

桐島聡 死亡の真相!

出典:「FNNプライムオンライン(YouTube)」

はじめに、桐島聡容疑者が死亡したという報道の真相に迫って行きましょう。

捜査関係者によりますと、入院先であった神奈川県鎌倉市の病院で末期の胃がんという診断を受け、入院していた桐島聡容疑者ですが、1月29日に「桐島聡は死亡した」ということです。

桐島聡容疑者は、今月に入り「ウチダヒロシ」という偽名で入院をしていたそうですが、関係者に対して「死ぬときくらいは“本名”で死にたかった」と話していたそうで、警視庁公安部が本人の特定を進めてた矢先の出来事でした。

しかし、桐島聡容疑者には本人の特定をするための“指紋”や“DNA”が残っておらず、警視庁が桐島聡容疑者の親族とのDNA型と照合するなどして、身元確認を進めていたようです。

桐島聡 胃がんとの闘病と最後の病院生活に迫る!

出典:「dmenuニュース」

桐島聡容疑者は、本名を偽り「内田洋(ウチダヒロシ)」という名前で、約40年に渡って、神奈川県内藤沢市の土木会社で住み込みをしながら、働いていたということでしたが、今月に入って容体の悪化に伴い入院に至ったようです。

桐島聡容疑者は、入院の際には健康保険証などの「本人証明書」を提示せず、自費で診療を受けていたようです。このことからも、公的機関での本人証明書の類(印鑑証明、健康保険証、社会保険)などは申請をしていなかった可能性も浮上しています。

最初は「内田」を名乗って入院しましたが、25日になって病院側に「自分は桐島聡だ」と明かしたとのことで、桐島聡容疑者は自ら「最後は『桐島聡』で死にたい」とも話したといいます。

捜査関係者によると、入院先の病院では、捜査員との会話に応じる一方、意識が時々なるなるほど重篤な状態だったそうです。桐島聡容疑者は、指名手配写真より髪は短く薄目で、やせ型だったようですが、身体的特徴はよく似ていたとのことです。

半世紀におよぶ逃走劇は桐島聡の人生と共に幕を下ろす

今回は、桐島聡 死亡の真相と、桐島聡 胃がんとの闘病と最後の病院生活について迫りました。

捜査関係者によると、桐島聡容疑者は事件後「海外への渡航歴」もないということから、身分がバレるのを恐れてパスポートの取得を含め、本人証明書の類一切を申請して来なかったようです。

彼が残した影響は、およそ50年という歳月を経て再び世間にフォーカスされることになるでしょう。

彼が関わって来たとされる、犯罪組織「東アジア反日武装戦線」や、彼が関わったとされる「連続企業爆破事件」は、当時の世間を大きく騒がせた一大事件でした。謎に包まれていた桐島聡容疑者のこれまでの逃亡劇や、生活などについては今後の関係者の取材によってさらに明らかになることでしょう。

それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました!

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沼主

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