上杉謙信は本当に女性だったのか?―なぜ「女性説」は生まれたのか
戦国時代の英雄・上杉謙信。彼の名を聞くと、誰もが剛勇無双の男武将を思い浮かべるはずだ。ところが、なぜか「謙信は実は女性だったのではないか」という説が根強く存在している。これ、いったい何がきっかけで、どんな根拠からこうした女性説が生まれたのか?俺はこの謎にずっと引っかかっていた。
今回は、その起点から現在に至るまでの経緯を辿りながら、なぜ「上杉謙信女性説」が戦国史の闇の中に漂い続けているのかを整理していく。謙信という存在の実像を追いながら、伝説と史実の境目を、読者の皆さんと一緒に見極めたいと思う。
そもそも「上杉謙信女性説」とは何か?
この説が公に知られるようになったのは、昭和43年(1968年)に小説家の八切止夫が「上杉謙信は女性だった」という仮説を提唱したことがきっかけだ。だが八切説は史実の新発見を示すものではなく、どちらかと言えば創作的な要素が多い。実際、この説はしばしば反証のためのレトリックとして使われることもある。
だから「女性説=八切説」と単純にイコールにするのは誤りだ。むしろ「女性説」自体はそれ以前から口伝や伝承の中に断片的に存在していた可能性がある。
ただ、謙信が男性であったという一般的な歴史認識は揺るがない。ではなぜそのような説が生まれ、今なお語り継がれるのか?この点こそが今回の核心だ。
女性説の根拠とされるもの
「大虫」という死因の謎
謙信の死因については、史料に「大虫」と記されていることが注目される。松平忠明が記したとされる『当代記』の天正六年条には「此の春越後景虎卒去(年四十九)大虫と云々」とある。
ここで「大虫」とは何を意味するのか?八切は古語辞典などを引き、「大虫」は味噌の女言葉であり、味噌の赤色から月経の隠語とされていたと指摘している。つまり「大虫=婦人病説」が立てられたわけだ。
もちろんこれが真実かどうかは別の話だ。歴史的には「大虫」が寄生虫を指す説もある。もし寄生虫説が正しければ、謙信の腹痛や死因は婦人病ではなく寄生虫疾患によるものだとも考えられる。
ただ、これだけで「女性だった」と断定するには弱い。むしろ「大虫」が何を意味したかは今も謎のままだ。
スペインのゴンザレス報告書の一節
もう一つ興味深いのは、スペインのゴンザレスという人物が国王フェリペ2世に送った日本調査報告書の「黄金情報」という部分である。そこに「アイドのウエスゲはそのTIAの開発したサドの純金を沢山もっている(会津の上杉はその叔母(tia)が佐渡を開発して得た黄金をたくさん持っている)」という記述が残されている。
この「叔母」が上杉謙信のことを指すと解釈し、「謙信は女性だった」という説が立てられたが、史料が断片的で明確な証明には至っていない。
生涯不犯の誓いと子孫問題
謙信は生涯独身で、正室も側室も持たず実子もいなかった。これも女性説を支持する材料の一つとして語られることがある。
当時の戦国大名としては、世継ぎを残すことは重要な使命だったはずだ。にもかかわらず謙信はこれを果たさなかった。これが「生涯不犯の誓い」とされる理由だが、歴史学者の黒田基樹はこの話は江戸時代以降に作られたものと指摘している。
また史料上は謙信の妻や女性関係の可能性も否定しきれない記録もある。『安田本長尾系図』には謙信の姪が謙信に嫁いだとする記述があり、高野山の文書には「新造(妻を意味する言葉)」が謙信に関係する可能性がある。
ここまで来ると、謙信の私生活に関する謎は深まるばかりだ。
反証と通説の立場
厠で脳卒中説の混乱
一部で「謙信は厠で脳卒中で倒れて亡くなった」という説があるが、これは江戸時代の軍学者・宇佐美定祐の解釈に基づくもので、根拠は薄い。
実際には『甲陽軍鑑』に「閑所で煩い」とあるだけで、「閑所」とは当時、書斎や自室など静かな場所全般を指す言葉だった。つまり「厠=便所」と直結させるのは誤読の可能性が高い。
また、辞世の句が詠まれていることからも、死の直前は意識がはっきりしていたと考えられる。これらは「女性説」というより「死因の誤解」が混ざった例と言える。
遺体の扱いと調査の拒否
上杉謙信の遺骸は火葬されず、甲冑を着せたまま漆で固めた状態で保管されている。明治以降は上杉家廟所に安置されているが、上杉家は遺骸の学術調査を一切許可していない。
このためDNA鑑定などによる性別の科学的検証は現状では不可能だ。遺骸が神聖視されていることが、この謎の解明を妨げている側面は大きい。
なぜ女性説は消えずに語り継がれるのか?
ここまで見てきたように、「謙信女性説」には確たる証拠はない。しかし、それでもこの説が広く知られ、様々な作品や伝承で語られ続けているのはなぜか?
戦国武将らしくない謙信の人物像、特に「生涯独身で子孫を残さなかった」「女性的ともいえる謙信の一面」「不思議な死因表記」などが、そもそも謎として人々の想像力をかき立てている。
また、戦国時代の常識に反する部分が多く、そこに「実は女性だったのでは?」という異説が生まれやすかったのだろう。俺には、こうした逸話が「謙信という人物の神秘性や異質さ」を際立たせるための文化的装置にも見える。
現代における女性説の位置づけ
現代のポップカルチャーやゲーム、漫画では、女性説が積極的に取り入れられている。『戦国BASARA』や『Fate/Grand Order』など、性別を曖昧にしたり女性化した謙信が人気を博しているのは興味深い現象だ。
こうした作品群は、史実ではないが、謙信の謎めいたイメージを現代に蘇らせ、さらなる話題性を生んでいる。これもまた「女性説」が消えることなく広がる一因だ。
結局、何がわかっていて何が謎のままか?
- 謙信が女性であったという確固たる史料は存在しない。
- 「大虫」という死因の表現は解釈が分かれており、婦人病説、寄生虫説など複数あるが断定できない。
- 謙信の生涯独身や子孫問題は特異だが、これをもって女性説を支持するには材料不足。
- 遺骸の学術調査がされておらず、科学的検証ができないことが謎解明を阻害している。
- 女性説は八切止夫による創作的提唱を契機に広まったが、それ以前から一部伝承に断片的に存在した可能性がある。
- 現代の文化作品においては、謙信の性別不明説が魅力的な設定として積極的に利用されている。
NUMANUSHIの私見:なぜ俺はこの説に惹かれるのか
正直に言えば、俺は「謙信女性説」が史実として成立するとは思っていない。だが、謙信という人物の謎めいた部分、特に「生涯不犯の誓い」と言われる孤独な生き様、そして「大虫」という不透明な死因の表記にはどうしても引っかかる。
戦国の荒波の中で、男らしさが過剰に強調されがちな武将のイメージに対し、謙信のイメージはどこか冷たく、また繊細でさえある。このギャップが「女性だったのでは?」という疑問を生み、今なお色あせない謎となっているのだと思う。
それに、遺骸自体が調査拒否されている事実も、謎を深めている。真実を知ることよりも「神聖な存在」として謙信を守り続ける上杉家の姿勢には、歴史の裏側にある人間の感情が透けて見えるようだ。
結局、俺がこの謎を追う理由は単純で、謙信という人物の「完全な姿」がどこにも無いことにある。確かなのは、「謙信は常に謎だった」ということだけだ。
だから、俺にとって「女性説」は単なる事実の争点ではなく、謙信の謎と魅力を語る一つの鍵なのだ。



コメント